条約などについて勉強した

勉強をしました。1875年、日本は江華島事件を機に鎖国を続ける朝鮮王朝にせまり、翌年日朝修好条規を結んで朝鮮を開国させました。朝鮮内部では開化派と保守派が対立・衝突しましたが、朝鮮の宗主国の立場をとる清は、こうした朝鮮の情勢に介入して日本との対立を深めました。1894年、朝鮮で甲午農民戦争がおこると日清両国は朝鮮に出兵し、ついに日清戦争となりました。日本の勝利に終わり、1895年下関条約が結ばれました。この条約で清は朝鮮の独立、日本への遼東半島・台湾・澎湖半島の割譲、賠償金の支払い、開港場での企業の設立などを認めました。清は、ベトナムに進出したフランスとたたかって敗れ、すでに1885年にベトナムに対する保護権をフランスに認めていました。これに加えて日清戦争に敗れた結果、東アジア地域で伝統的に受け継がれてきた、中国と周辺諸国の服属関係によって成り立っていた国際秩序(朝貢・冊封体制)が崩れることになりました。http://www.sportlagune.nl

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